「中国で自社の商品を販売したい」「中国のSNSで認知度を高めたい」 そう考えたとき、多くのマーケターが最初に直面するのは、日本や欧米で普段使っているデジタルツールの常識が通用しないという事実です。
Googleで検索ができない、LINEで連絡が取れない、YouTubeが見られない――。 14億人という巨大な人口を抱える中国市場は、日本とは異なる独自のインターネット環境を持っています。これは単に技術が遅れているということではなく、モバイル決済やライブコマースなど、分野によっては世界的に見ても非常に高度な仕組みが構築されています。
この記事では、中国マーケティングの初心者が最初に理解しておくべき「市場の構造」「主要なプラットフォームの役割」「独特な商習慣」について、順を追って解説します。ツールの使い方を覚える前に、まずはこの市場全体を動かしている根本的なルールを理解することから始めましょう。
市場の前提:グレート・ファイアウォール

中国のデジタル市場を理解する上で、まず知っておくべき、他のどの国の市場とも根本的に異なる前提があります。それが「グレート・ファイアウォール」と呼ばれる、中国政府によるインターネットの管理システムです。
1. ファイアウォールの目的:情報管理と「国内産業の保護」
初心者のうちは、ファイアウォールを、中国政府に批判的な情報や、政府にとって都合の悪いニュースをブロックするための、政治的な「情報管理」システムだと考えているかもしれません。確かに、その側面はファイアウォールの主要な機能の一つです。
しかし、マーケティング担当者が理解すべきファイアウォールのもう一つの重要な側面は、それが「経済的な壁」として機能し、「国内産業を保護し育てる仕組み」であるという点です。ファイアウォールを設置する理由は、政治的な情報管理と同時に、「中国国内のIT市場の確保」および「中国独自SNS・サービス拡大」のためでもあるとされています。
つまり、ファイアウォールは単に不都合な情報を「遮断する壁」として機能しているだけではありません。むしろ、Google、Facebook、YouTubeといった強力なグローバル企業を意図的に市場から入れないことで、国内に競争相手のいない市場を作り出しました。そして、その保護された環境の中で、BaiduやTencentといった中国国内のIT企業が、世界的な競争にさらされることなく、巨大な国内市場を独占する形で急成長することを可能にしたのです。この市場構造の成り立ちこそが、中国マーケティングを理解する上での第一の前提となります。
2. マーケターへの直接的影響:世界の主要プラットフォームが使えない
このファイアウォールの存在がもたらすマーケターへの直接的な影響は、「私たちが普段使っている世界の主要なプラットフォームが一切使えない」という事実に集約されます。
日本や欧米でのデジタルマーケティングの基盤となるツールの多くが、中国本土では残念ながらアクセスできません。具体的には以下の通りです:
- 検索エンジン: Google検索、Yahoo!検索
- SNS: Facebook, Instagram, X (旧Twitter), LINE
- 動画・コンテンツ: YouTube, TikTok (グローバル版), ニコニコ動画
- ビジネスツール: Gmail, Googleマップ, Googleカレンダー
これらのアクセス制限は、URLや検索キーワードに含まれる特定の単語(例:共産党関連)をブロックする形で行われます。
個人レベルでは、VPN(仮想プライベートネットワーク)を使用して国外のサーバーに暗号化通信を行うことで、これらの規制を回避し、ブロックされたサイトにアクセスすることが可能です。しかし、これはあくまで個人ユーザーの「非公式な方法」に過ぎません。企業が中国の一般消費者に向けたマーケティング活動を、VPN経由で行うことは現実的でも合法的でもありません。
したがって、われわれマーケティング担当者は、グローバル市場で培ったノハウ、成功体験、そして使い慣れたツールの多くを一旦忘れて、中国国内で許可され、普及しているプラットフォームに適応する必要があります。
3. 中国市場への影響:独自のデジタル環境の誕生
ファイアウォールによってグローバル企業がいない市場は、中国独自の巨大テック企業群によって即座に埋められました。最も象徴的な例が、Googleが利用できなくなったことが、Baidu(百度)の検索エンジン市場における支配的な地位を確立させたことです。
ファイアウォールという保護された環境の結果、中国のデジタル環境は、グローバルスタンダードの競争原理から切り離され、独自の発展を遂げました。その結果、WeChat(微信)のような「スーパーアプリ」や、ライブコマースといった、グローバル市場とは異なる、あるいはそれ以上に進化した独自の市場の形が生まれました。
中国市場への参入とは、単に「ウェブサイトや広告を中国語に翻訳する」ことではありません。それは、「異なるルールで発展し続ける、独自のデジタル環境に適応する」ことなのです。
市場のインフラ:テックジャイアント「BAT」の存在

ファイアウォールによって保護された中国市場は、GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)と比較される、巨大な国内テック企業群が中心となっています。かつては「BAT」と呼ばれ、現在は「BATH」と呼ばれる4社が、中国デジタル経済のインフラそのものを形成しています。
1. 「BATH」とは? 中国デジタル経済の中心企業
BATHとは、以下の4社の頭文字を取ったものです:
- B: Baidu (百度/バイドゥ)
Googleが不在の市場で成長した、中国最大の「検索エンジン」の会社です。地図検索や自動車運転開発プラットフォームなども手掛けています。 - A: Alibaba (アリババ)
中国最大の「Eコマース」の会社です。消費者向けのECサイトであるTmall (天猫) やTaobao (淘宝) を運営しています。 - T: Tencent (騰訊/テンセント)
中国最大の「SNSとゲーム」の会社です。中国人の生活インフラであるWeChat (微信) や、決済サービスのWeChatPay (微信支付)、人気スマートフォンゲームなどを運営しています。 - H: Huawei (ファーウェイ)
「ハードウェアと通信技術」の会社です。高性能なスマートフォン端末から5G通信インフラまで、デジタル経済の物理的な基盤を支えています。
2. 「企業」というより「経済圏」
BATHの強さを理解する上で重要なのは、彼らが単一のサービスを提供する「企業」ではなく、それぞれが完結した「独自のサービス群(経済圏)」を形成している点です。
例えば、Tencentは、WeChatというコミュニケーションアプリを基盤に、WeChatPayという決済手段 を普及させました。さらに、そのWeChatアプリ内で直接動作する「ミニプログラム」 という仕組みを導入し、ユーザーがWeChatを離れることなく、ECでの買い物、ゲーム、公共サービスの予約まで完結できるようにしました。
この結果、ユーザーはTencentの「サービス群(経済圏)」の中で生活の多くの側面を完結させることができ、競合であるAlibabaのECサイトやBaiduの検索エンジンを使う必要性が低下します。
このサービス群同士の競争は熾烈であり、例えばTencentのWeChat内でAlibabaのECサイトへのリンクを共有することは困難です。したがって、マーケターが「WeChatで広告を出す」と決定することは、単にSNSチャネルを一つ選ぶこととは意味が異なります。それは、「Tencentのサービス群(経済圏)に参加する」という戦略的決定であり、Baidu(検索)やAlibaba(EC)のサービス群とは根本的に異なるルール、決済手段、データセットの上で戦うことを選択することを意味します。
中国人の生活インフラ:「スーパーアプリ」WeChat(微信)

中国のデジタル環境を語る上で、Tencentが提供するWeChat (微信) は、その中心に位置する最も支配的なプラットフォームです。月間アクティブユーザーは11.3億人を超え、もはや単なる「中国版LINE」ではなく、中国人の生活のあらゆる側面を支える「生活に欠かせない社会インフラ」となっています。
1. 中国版LINEとは違う? 生活インフラとしてのWeChat
WeChatは、チャット機能に加え、以下のような生活インフラの機能を一つのアプリに統合しています。
- WeChat Pay (微信支付):
LINE Payに似た電子マネー機能ですが、その普及度は比較になりません。中国人の90%が利用するモバイル決済の主流であり、ECサイト、公共料金、医療費、飲食店の支払い、さらには友人間の送金や「お年玉」まで、あらゆる決済シーンをカバーしています。 - モーメンツ (朋友圈):
LINEのタイムラインやFacebookのフィードに相当するSNS機能です。友人や知人が投稿を共有し、「いいね」やコメントを付け合います。モーメンツ広告は、このフィード上に自然な形で表示される広告手法です。 - 公式アカウント (公衆号):
企業やメディアが情報発信を行うための機能です。中国ではメールの利用率が低いため、企業から顧客への情報伝達(日本でいうメールマガジン)の役割をこの公式アカウントが担っています。 - 企業WeChat (企業微信):
SlackやMicrosoft Teamsのような、企業内コミュニケーションツールとしても機能します。顧客管理機能も統合されており、社外のWeChatユーザーとシームレスに連携できます。
2. 画期的な機能:「ミニプログラム(小程序)」
WeChatを「生活インフラ」としている最大の要因が、「ミニプログラム」です。これは、WeChatアプリの中で動く、別の小さなアプリです。
ユーザーは、App StoreやGoogle Playから個別のアプリをダウンロードし、インストールし、会員登録する、という手間を一切必要としません。WeChat内の「検索」機能などからミニプログラムを見つけるだけで、EC(ショッピング)、ゲーム、配車サービス、行政手続き、医療予約など、ほぼ全てのデジタルサービスを即座に利用開始できます。
これは、企業にとって「自社アプリを開発し、ユーザーにダウンロードしてもらう」という、従来のアプリマーケティングの常識を根本から変えました。
WeChatは、チャット(コミュニケーション)、WeChat Pay(決済)、モーメンツ(SNS)、公式アカウント(情報発信)、そしてミニプログラム(アプリ機能)を一つのアプリに統合しました。その結果、ユーザーはブラウザを開いてウェブサイトを検索したり、アプリストアでアプリを探したりする必要がほとんどなくなりました。ユーザーがWeChatというアプリの中で生活の全てを完結させてしまうため、マーケターにとって「WeChatのサービス群にいかに取り込まれるか」が最重要課題となっています。
主要SNSプラットフォームの正しい使い分け

ファイアウォールによってグローバルSNSが利用できない中国では、国内企業が提供する独自のSNSが爆発的に普及しています。これらは単なる「SNS」として一括りにすることはできず、それぞれがマーケティングの各段階(認知、検討、購買など)において明確な役割を持っています。
1. Douyin (抖音):動画を見てすぐ買える
Douyin (ドウイン) は、世界的に人気のTikTokの中国国内版であり、月間アクティブユーザー数は8億人を超えます。特に10代から30代の若年層に絶大な支持を得ています。
Douyinの最大の特徴は、単なるSNSではなく、エンターテイメントとEC機能が完全に融合している点です。
強力なアルゴリズムがユーザーの興味や行動に基づいて次々と動画を推薦し、その視聴体験からシームレスに「ライブコマース(ライブ配信による商品販売)」へと誘導します。ライブ配信では、限定セールや特典が提供され、視聴者の購買意欲を即座に刺激します。この仕組みにより、通常時の2倍以上のコンバージョン率を達成することもあります。
Douyinは、「エンターテイメントを楽しんでいたら、いつの間にか商品を買っていた」という、自然に商品購入へとつながるように設計されています。
2. Weibo (微博):世論が生まれる「公の場」
Weibo (ウェイボー) は、中国版Twitterとしばしば比較されます。テキスト、画像、動画を投稿し、情報を「広く発信」する機能に優れています。Weiboを使用しているユーザーは、比較的年齢が高く、若者は以下に続くREDを使用している人が多いです。
その最大の特徴は、高い「拡散力」と「公開性」です。芸能人の公式アカウントやニュース、世論が形成される「公の場」のような役割を果たしており、情報収集の主要な手段となっています。
マーケティングにおいては、新商品の発表、ブランドの認知度向上に最も適したプラットフォームです。
3. RED (小紅書/シャオホンシュー):信頼される「口コミ」の場所
RED (レッド、別名:小紅書) は、中国版InstagramやPinterestに例えられることが多い、ユーザー間での情報共有を中心としたコミュニティプラットフォームです。
ユーザー層は20代から30代の購買力の高い都市部の女性が中心です。Douyinが「エンターテイメント性」、Weiboが「速報性」を重視するのに対し、REDは「実用的な情報」や「詳細な商品レビュー」といった、信頼性の高い口コミがコンテンツの核となります。
REDの最も重要な特徴は、ユーザーが「検索ツール」として利用している点です。消費者は、商品を購入する前にREDで検索し、一般ユーザー(特にKOC)によるリアルな使用感や評価を徹底的に調べます。そのため、即時的な話題作り(Weibo)や衝動買い(Douyin)を生むのではなく、「じわじわと信頼を構築」し、長期的な購買決定を後押しする、マーケティングの「比較・検討」段階において不可欠なプラットフォームです。
4. Bilibili (哔哩哔哩):Z世代の熱狂的コミュニティ
Bilibili (ビリビリ) は、日本のアニメやゲーム関連のコンテンツを中心とした動画共有プラットフォームで、中国のZ世代(1990年代後半生まれ)から熱狂的な支持を集めています。ユーザーの約86%が35歳未満と非常に若く、月間アクティブユーザー数は3億人を超えています(2022年時点)。
最大の特徴は、視聴者が投稿したコメントが動画上を流れる「弾幕」機能で、これによりユーザーはリアルタイムで一体感を共有できます。マーケティングにおいては、「UP主(アップヌシ)」と呼ばれるクリエイター(インフルエンサー)とのコラボレーションが中心となります。単なる商品紹介ではなく、ブランドの世界観をアニメ・ゲームカルチャーと融合させた質の高いコンテンツが求められる、熱量の高いコミュニティです。
5. Kuaishou (快手):「下沈市場(地方都市)」のリアルな日常
Kuaishou (クアイショウ) は、Douyinと並ぶ巨大なショート動画プラットフォームですが、そのユーザー層と特性は明確に異なります。Douyinが「一線・新一線都市」の若者層に強く、洗練された「見栄えの良い」コンテンツが多いのに対し、Kuaishouは「二線・三線都市以下(下沈市場)」、すなわち地方都市や農村部のユーザーに強みを持ちます。
Kuaishouのコンテンツは、「親近感」や「リアルな日常生活」を重視する傾向があります。月間アクティブユーザー数は5億人を超える巨大プラットフォームであり、ライブコマース機能も非常に強力です。Douyinが都市部のトレンドを捉えるのに適しているとすれば、Kuaishouは中国のより広範な「下沈市場」である農村部、地方都市の消費者にアプローチするための重要なチャネルとなります。
これら主要SNSは、マーケティングの各段階に特化して進化しています。したがって、マーケターが問われるのは「どのSNSを使うか」という単純な選択ではなく、「マーケティングのどの段階を強化するために、どのプラットフォームを、どのように活用するか」という戦略的な設計です。
表1:中国主要デジタルプラットフォームとグローバル比較
中国のデジタル環境の独自性を直感的に理解するため、主要プラットフォームと、グローバル/日本の近似サービスを比較し、その本質的な違いを以下に示します。
| 中国のプラットフォーム | グローバル/日本の「近似」サービス | マーケターが知るべき「本質的な違い」と役割 |
| Baidu (百度) | ファイアウォールによる保護下で成長した検索エンジン。Google不在の市場を独占しているが、近年はWeChat内の「検索」などと競合。 | |
| WeChat (微信) | LINE + Facebook + Apple Pay + App Store | 「スーパーアプリ」。チャットだけでなく、決済・SNS・アプリ(ミニプログラム)・情報発信(公式アカウント)を内包する「生活インフラ」。 |
| Weibo (微博) | Twitter + Facebook | 情報拡散力(バズ)に優れた「公開性の高い場所」。トレンドや世論が形成される場所であり、KOLによる認知度向上に強い。 |
| Douyin (抖音) | TikTok(※ただしEC機能が超強力) | 強力なアルゴリズムと「ライブコマース」が融合した動画プラットフォーム。「エンタメ」から「衝動買い」への動線が完璧に設計されている。 |
| RED (小紅書) | Instagram + Pinterest + @cosme | 女性中心のUGC(口コミ)コミュニティ。ユーザーは「検索ツール」として使い、購入前の「信頼できるレビュー」をここで探す。 |
| Bilibili (哔哩哔哩) | YouTube + ニコニコ動画 | Z世代のアニメ・ゲーム特化型コミュニティ。「UP主」と呼ばれるインフルエンサーによる熱量の高い動画と「弾幕」機能が特徴。 |
| Kuaishou (快手) | TikTok(地方・日常特化版) | 地方都市・農村部(下沈市場)に強み。「リアルな日常」を共有する親近感の強いコミュニティで、ライブコマースも活発。 |
| YouKu (優酷) | YouTube | 中国版YouTube。ファイアウォールによりYouTubeが遮断されている環境下での主要な動画プラットフォーム。 |
中国EC「3強」のビジネスモデル徹底比較

中国のEコマース市場は、Alibaba(淘宝/Tmall)、JD.com、Pinduoduoの「3強」によって支配されていますが、この3社はビジネスモデルと顧客への価値提供の方法が根本的に異なります。
1. Taobao (淘宝) / Tmall (天猫):アリババが運営する「巨大なインターネット商店街」
Alibabaが運営する中国最大のECプラットフォーム群が、Taobao (淘宝) と Tmall (天猫) です。淘宝がC2C(個人間取引)を含むあらゆる商品が出品される巨大な「インターネット上の市場」であるのに対し、Tmall (天猫) はその中でもB2C(企業対消費者)に特化した「インターネット上の正規店」に例えられます。
Tmallは出店審査が厳しく、企業がTmall内に自社の「公式ストア」を出店し、消費者に商品を販売します。この仕組みにより、消費者は「本物である」という信頼とブランドのステータスを求めてTmallを訪れます。Tmallは、ブランド力と信頼性を重視する消費者層に選ばれています。
2. JD.com (京東):信頼の自社販売・自社配送
JD.com (京東) は、中国ECシェア第2位のプラットフォームです。
Tmallとの最大の違いは、そのビジネスモデルが「直販型(1P)」と「自社物流」を主軸としている点です。JD.comが自らメーカーから商品を仕入れ、自社の倉庫で在庫を管理し、自社の配達員が消費者の元へ商品を配送します。この強力な物流網により、主要都市では注文当日の配送も可能です。
もともとデジタル家電の販売からスタートしたため、現在も家電製品に強みを持ちます。自社がサプライチェーン全体を管理することで「偽物」を徹底的に排除しており、「JD.comで買えば、信頼できる本物が、迅速に届く」という強力なブランドイメージを確立しています。
3. Pinduoduo (拼多多):ソーシャルと共同購入で「下沈市場」を攻略
Pinduoduo (ピンドゥオドゥオ) は、設立からわずか数年でTmallとJD.comを脅かす存在にまで急成長した第3の勢力です。
その革新的なビジネスモデルは「共同購入(グループ買い)」です。ユーザーは、友人や家族を(主にWeChat経由で)誘ってグループを結成し、一定人数が集まると、通常価格よりも劇的に安い「共同購入価格」で商品を購入できます。この仕組みは、WeChatという巨大なSNSプラットフォームと連携することで、広告費を抑えながら口コミ拡散を発生させることに成功しました。
「薄利多売」戦略と、M2C(Manufacturing to Consumer:製造業者と消費者を直接つなぐ)モデル により、圧倒的な低価格を実現。TmallやJDが手薄だった「地方都市(下沈市場)」の価格に敏感な消費者層の開拓に成功し、巨大な市場シェアを獲得しました。
これらEC3強は、単に競合しているだけでなく、中国の消費者が持つ「3つの異なる価値観」をそれぞれが代表しています。JD.comは【サービスと信頼性】を、淘宝/Tmallは【ブランド力と品揃え】を、Pinduoduoは【お得な価格とSNSでの楽しさ】を提供します。マーケターは、自社の商品がこの3つの価値観のうち、どれを最も強く訴求できるかに基づいて、参入するプラットフォームを選択すべきです。
中国マーケティングの「二大潮流」
中国独自のデジタル環境は、世界的に見ても特異な2つのマーケティングトレンドを生み出しました。それが「ライブコマース」と「KOC」の台頭です。
1. なぜ「ライブコマース」が主流なのか:信頼とエンターテイメントの融合
ライブコマースとは、ライブ配信(生放送)とEコマースを融合させた販売手法です。DouyinやTaobaoライブを筆頭に、あらゆるプラットフォームがこの機能を実装しています。中国でライブコマースがこれほどまでに主流となった理由は、大きく2つあります。
第一の理由は、「信頼性の担保」です。写真やテキストだけのECページとは異なり、ライブ配信では配信者(ライバー)がリアルタイムで商品を手に取り、使用感(例:化粧品の色味、服の生地感)を詳細に説明し、視聴者からの質問にその場で双方向で答えます。この透明性の高いコミュニケーションにより、消費者は「不安なく商品を購入できる」という強い安心感を得ることができます。
第二の理由は、「限定感とエンターテイメント性」です。ライブコマースでは、「この配信中のみ」の特別価格や限定プレゼントが提供されることが多く、視聴者に「今、ここで買うべきだ」という強い動機(特別感)を与えます。また、人気のインフルエンサーやトップライバー自身が強力な集客力を持つエンターテイメントであり、視聴者は買い物をしながらコンテンツを楽しむことができます。
2. インフルエンサーの解読:KOL(権威)とKOC(共感)
中国のインフルエンサーマーケティングを理解する上で、KOLとKOCという2つの異なる概念を区別することが不可欠です。
- KOL (Key Opinion Leader):
KOL(キーオピニオンリーダー)とは、特定の分野において高い専門知識を持ち、社会的に大きな影響力を持つ人物を指します。これには、有名人、美容皮膚科医やスタイリストのような専門家、あるいはフォロワー数が数百万規模のトップインフルエンサーが含まれます。KOLの役割は、その「権威性」を背景に、ブランドの認知度を大規模に拡大し、フォロワーの購買意思決定に強い影響を与えることです。 - KOC (Key Opinion Consumer):
KOC(キーオピニオンコンシューマー)とは、フォロワー数はKOLほど多くないものの、より一般消費者に近い視点を持つ「消費者の代表」のような存在です 25。彼らは、KOLのような「権威」ではなく、友人や知人に近い「共感」と「信頼」をベースに、小規模なコミュニティに対してリアルな影響を与えます 25。KOCによる本音のレビューは、RED (小紅書) のような口コミプラットフォームにおいて、消費者の最終的な購買決定を左右する重要な要素となります。
中国市場では、かつて偽物や誇大広告が流通した歴史から、消費者の間に「従来の広告や宣伝が信頼されにくい傾向」が存在すると分析できます。
この「信頼されにくい傾向」を埋めるための、中国市場に特有の「対応策」として発達したのが、ライブコマース(=リアルタイムで現物を見せ、質問に答える)と、KOCマーケティング(=利害関係の薄い一般消費者のリアルな口コミを重視する)という二大潮流なのです。
消費者の理解:「都市階級」と「下沈市場」

14億人を超える人口を抱える中国市場は、決してすべて同じではありません。「中国人」と一括りにすることは、マーケティングの失敗に直結します。市場を理解するためには、「都市階級」と「各世代の特徴」の2つの軸が不可欠です。
1. 「中国人」と一括りにできない:「都市階級(City Tiers)」
中国の全都市は、経済発展レベル、商業的魅力度、人口規模などに基づき、「一線都市」から「五線都市」まで、一般的に階級分けされています。
- 一線都市:
北京、上海、広州、深圳の4都市。中国経済の中心地であり、世界的企業が集積する国際的な大都市です。 - 新一線都市:
武漢、成都、杭州、重慶など15都市。一線都市に準ずる経済規模と発展度を持つ主要都市です。 - 二線都市:
昆明、厦門、福州など、各地域のトップとなる地方都市。 - 三線~五線都市:
洛陽、桂林など、上記以外の大半の地方都市や農村地域。
2. 新たな巨大市場:「下沈市場(Sinking Market)」
従来、中国マーケティングは一線・新一線都市の富裕層や中間層を主なターゲットとしてきました。しかし近年、三線以下の都市や農村地域を指す「下沈市場(かしんしじょう)」が、新たな巨大市場として急速に注目されています。
この下沈市場は、中国全人口の約66%から72%、人数にして9億人から10億人以上を抱える圧倒的な規模を持ちます。デジタルインフラの整備と購買力の向上に伴い、この市場は中国の新たな消費の中心地となりつつあります。前述のPinduoduo(拼多多)は、まさにこの下沈市場の価格に敏感な消費者をターゲットとすることで急成長を遂げました。
3. Z世代の消費動向
地理的なセグメントと同時に、世代的なセグメントも重要です。特に、1995年以降に生まれた「95後(ジョウウーホウ)」、すなわち中国のZ世代は、上の世代とは全く異なる消費行動を示します。
彼らの特徴は、「自分の趣味に合うものなら、高くても買う」という価値観にあります。単なる価格の安さやブランドの知名度よりも、「自分の価値観を優先する」傾向が強く、これは「自分探し消費」とも呼ばれています。彼らは、自分らしさを表現できるニッチな商品や、新しい体験に対して積極的に投資します。
この2つのトレンドは、一見矛盾するように見えます。一方は「価格重視の下沈市場」、もう一方は「価値観重視のZ世代」です。しかし、これは矛盾ではなく、巨大な中国市場において「両立している」2つの主要な現実です。マーケターは、例えば「上海(一線都市)のZ世代」と「洛陽(三線都市)の中年層」では、響くメッセージもチャネルも全く異なることを前提に、セグメンテーションを精緻化する必要があります。
参入のための必須知識:文化と規制の基礎

中国市場でビジネスを展開するには、独自の商戦期、厳格な法規制、そして特有の文化的な注意点を理解することが不可欠です。
1. マーケティングの「商戦期」:二大ECセール
中国の年間消費カレンダーは、2つの巨大なEコマースセールイベントによって定義されています。
- 618商戦 (6月18日):
もともとはEC大手JD.com (京東) の設立記念日(6月18日)を祝うセールでした。現在ではJD.comだけでなく、AlibabaやPinduoduoも参加する、上半期最大のEC商戦となっています。 - W11 (ダブルイレブン / 独身の日, 11月11日):
Alibabaが仕掛けた「独身の日(11月11日)」セール。今や中国全土、ひいては世界最大のECセールイベントであり、下半期(年間)で最も売上が集中する日となっています。
企業のマーケティング計画や売上目標の多くは、この二大商戦でいかに成果を出すか、という点から逆算して設計されます。
2. 守るべき最低限のルール:中国「広告法」の厳格さ
中国の広告法は非常に厳格であり、違反した場合のペナルティも重いため、コンプライアンスの遵守はマーケティング活動の最優先事項です。特に以下の点に注意が必要です。
- タレント(イメージキャラクター)起用の厳格化:
日本と最も異なる点として、「イメージキャラクターは、使用したことのない商品や、受けたことのないサービスについて推薦・証明を行ってはならない」という厳格な規制があります。これは、有名人が商品を使ったフリをして宣伝することを法的に禁じるものです。虚偽広告が発覚した場合、タレント自身も広告主と連帯責任を負う可能性があり、日本以上に厳しい規制となっています。 - 特定分野の広告禁止:
たばこ広告は基本的に全面的に禁止されています。酒類の広告では、飲酒の動作を見せることや、不安解消などの効能を謳うことが禁止されています。 - 未成年者保護:
未成年者向けのマスメディアにおいては、医療、薬品、化粧品、酒類、美容整形、およびインターネットゲームの広告が禁止されています。
この広告法の厳格化(特にタレント規制)は、前述の「広告が信頼されにくい傾向」に対する政府の法的な対応策と見ることができます。結果として、単に有名人を広告塔に据えるKOLマーケティングのリスクとコストは増大しました。その一方で、もともと「リアルな使用者」であることが前提のKOCマーケティングや、その場で「使用実演」を行うライブコマースの重要性が、法的な側面からも裏付けられる形となっています。
3. 文化的な注意点
ビジネスやマーケティングデザインにおいて、文化的な背景を知らないことは、無意識のうちに相手を不快にさせたり、ブランドイメージを損ねたりするリスクを伴います。
- 縁起の良い色と悪い色:
- 良い色(赤・金):
「赤」は生命力、喜び、活力を象徴し、祝祭日(旧正月など)で多用される最も縁起の良い色です。また、「金」は皇帝や富貴を象徴し、高級感や「お金持ち」のイメージと直結します。 - 悪い色(白):
日本では「紅白」でおめでたい色とされますが、中国において「白」は伝統的に「悲しみ」や「死」を連想させ、喪服の色として用いられます。パッケージデザインなどで安易に使用すると、ネガティブな印象を与える可能性があります。
- 良い色(赤・金):
- 縁起の悪い数字:
- 「4 (sì)」:
日本と同様に、発音が「死 (sǐ)」に似ているため、最も嫌われる数字です。不動産(部屋番号や階数)から日常生活に至るまで、徹底して避けられます。
- 「4 (sì)」:
結論:中国市場初心者が知るべき10の基本
本記事で詳しく解説してきた中国市場の構造と特性は、初心者が中国マーケティングを立案する上で基礎となる「10の基本」として要約できます。
- ここは「独自のデジタル環境」であると認識する。
ファイアウォールにより、Google, Facebook, LINEなどグローバルの常識は一切通用しません。日本や欧米の成功体験は一旦忘れる必要があります。 - 「チャネル」ではなく「サービス群(経済圏)」を選ぶ。
マーケティングは、Tencent (SNS/決済), Alibaba (EC), Baidu (検索) のどのサービス群(経済圏)で戦うかを決めることから始まります。 - 「WeChat」を理解する。
WeChatは単なるチャットアプリではなく、決済、SNS、アプリ(ミニプログラム)を内包する中国人の「生活インフラ」です。 - SNSは「マーケティングの段階」で使い分ける。
「認知」獲得ならWeibo、「信頼」構築ならRED、「転換(購買)」促進ならDouyin、「Z世代・コミュニティ」ならBilibili、「地方・日常」ならKuaishou と、各SNSの役割を明確に使い分けます。 - ECは「自社の強み」で選ぶ。
自社ブランドの強みが「ブランド力・公式性」なら淘宝(Tmall)、「信頼とスピード」ならJD.com、「価格とソーシャル性」ならPinduoduoが主戦場となります。 - マーケティングの核は「信頼構築」である。
市場には「広告が信頼されにくい傾向」が存在します。KOL(権威)とKOC(共感)の使い分け、そして「ライブコマース」が、この信頼を勝ち取るための鍵となります。 - 「中国人」と一括りにしない。
「都市階級(一線都市 vs 下沈市場)」と「世代(特にZ世代)」の掛け合わせで市場を精密にセグメントします。 - 二大商戦(618, W11)から逆算する。
年間のマーケティングカレンダーと売上計画は、上半期の「618セール」と年最大の「独身の日 (W11)」を中心に構築します。 - 「コンプライアンス」を最優先する。
中国の広告法は日本より厳格です。特に「タレントは自身が使用した商品しか推薦できない」という規制は、KOL戦略の根幹に関わります。 - 「文化」は注意すべき点であり、うまく活用すべき点である。
「赤」と「金」は好まれ、「白」と「4」は忌避されます。これらの文化的な背景をデザインやコミュニケーションに反映させます。
中国マーケティングの難しさは、単に言葉の違いだけではありません。GoogleやFacebookが存在しない環境で、中国のユーザーが独自に作り上げてきた「信頼の形」を理解することが重要です。
なぜ口コミがこれほど重要なのか、なぜライブ配信で商品を買うのか。その背景には、情報の不透明さや偽物への警戒心といった中国独自の市場環境があり、それをテクノロジーで解決しようとしてきた歴史があります。
日本のやり方をそのまま持ち込むのではなく、まずはこの独自の市場ルールを深く理解し、尊重すること。それこそが、14億人の巨大市場で成功するための第一歩となります。
最後まで記事を読んでいただき、ありがとうございました。
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